ドビュッシー探求

レントより遅く

2007/08/03

今回の曲目
音源アイコン レントより遅く 4m25s/YouTube

1910年の作。ドビュッシーは、それほど上品ではない普通のカフェで当時流れていたあまり上品ではないワルツを題材にして、それを皮肉タップリに、しかし、極めて上品な形で作曲しました。カフェでは、あだっぽい女性があふれ、ロートレックの絵画やポスターにイメージされるような世界が展開されていたようです。ドビュッシーは、たとえば、出だしで、ges-mollのI9の和音ともとれるし、伴奏はges-moll、メロディーはDes-durという複調ともとれる、微妙な節回しを使い、mollとdurの世界を揺れ動くことでそういった大人の複雑な世界を表現しています。また、歌いまわしにしても、曲中の至る所でテンポや強弱の変化に関する指示があるのですが、これを忠実に守ることで、あだっぽさと上品さのぎりぎりの両立に成功しています。


 演奏上困難なところは、まず、メロディーを趣味良く歌いながら、中声部の作る和声の変化、骨格となるバスの進行をすべてバランスよく表現することです。さらに、これに加えてワルツのリズムを、決して単調にならないように微妙なリズム変化で表現しなければいけません。例えば、最初の数小節は、右手はメロディーを綺麗に歌いながら、和音を作る、特に重変ロの音の響きをバスの変ト音とバランスさせて響かせることが難しいですね。7小節でその重変ロ音が変ロ音に動くことで、この曲がGes-durであることが認識されるので、この部分の表現も難しいところです。また、22~26小節の楽節は同じ形で4回出てきますが、すべて歌い方がが異なるように指示があります。ドイツ音楽の場合、同じ動機は同じように表現して一貫性を持たせますが、それとは全く異なり、毎回違う形で再現しなければいけません。
 計算され尽くした即興性という矛盾をどう表現するかというところが面白いところでしょう。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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