ドビュッシー探求

ドビュッシーのピアノ作品とのかかわり

2007/08/01

 私は、会社員の父が音楽好きであったために、幼少時から様々な音楽が聴ける環境にありました。父は、当時の一般的な家庭には珍しいレコードをいろいろなところから買ってきました。主なジャンルは、ドイツ音楽、東南アジアや中近東やアフリカなどの民族音楽、現代音楽などでした。父は、もちろん、私の教育的なことも少しは考えていたのかも知れませんが、純粋に自分の興味の沸くものを求め、また、家で聴くときには私に聴かせるのではなく、自分で聴きたいときに聴いていました。

 私の家は狭く、父がレコードをかけ始めると、物音をたてたら怒られるので、父がレコードをかけることは、子供心に決して有難いことではありませんでした。中には私が好きな作品のレコードもありましたが、父は決して私にはさわらせませんでした。まあ、大切なものですから、当然ですが、今の時代の、特に子供に音楽教育をしっかり受けさせたいと思う保護者の方々には違和感があるかもしれませんね。

 というわけで、中学を卒業する頃までは、ドビュッシーと自分との関わりはほとんどありませんでした。高校になって、様々な友人や先輩に出会い、父以外から様々な音楽を教わることになりました。しかし、やはり、私の好みの中心はバッハやベートーヴェンを中心とした、精神性の深いといわれる音楽でした。中でも、私はベートーヴェンの後期の作品、つまり、ピアノソナタや弦楽四重奏曲などが大好きで、中学の頃から無謀にもこれらをすべて独学でピアノで弾こうとしていました。

 しかし、どうしても音色や音量のコントロールを含めた技術に行き詰まりを感じてしまいました。そこでそういう訓練のできる作品を探していくうちに、ショパンやブラームスと出会い、ついにはフランス近代のピアノ作品に出会ったのです。しかし、最初の目的とは裏腹に、ドビュッシーやラヴェルやフォーレといったフランス近代の作品の面白さを知り、興味はロマン派後期から現代までの諸作品にすっかり移行してしまいました。

 自分のピアノ技術の変遷を考えてみるとき、自分の技術を作ってくれた作曲家の作品は、バッハ、ベートーヴェン、ショパン、ブラームス、ドビュッシー、ラヴェルが中心でした。その中でも、特に音色や音質について最も勉強になった作曲家はドビュッシーでした。

 そろそろそういう意味で自分の表現について一度まとめておきたいと思い、まわりの様々な方々の協力もあり、2007年8月のリサイタルから4回でドビュッシーの全ピアノ作品を演奏することになりました。また、それに伴い、有難いことにこの場で私の演奏の録音が公開していただける機会に恵まれました。ただし、ドビュッシーの音楽は、ピアニシモの範囲の幅が音量、音色ともに広いので、繊細なブルゴーニュのワインが輸送によってその味わいを失うのと同じで、果たしてどの程度ウェブ上で表現できるか心配ではありますが。また、同時に、わたしが敬愛するピアニスト、前山仁美さんの素晴らしいハイドンの音源が連載されていることや、他にもたくさんの素晴らしいピアニストの方々の音源が多数掲載されているピティナのホームページで私のドビュッシーの演奏は余りにも力不足と言えますが、何とか自分なりの音楽を表現できるように頑張る所存でございます。

 私は音楽史をみるたびに、ドビュッシーは20世紀最高の作曲家だと思っています。ドビュッシーのピアノ作品は素晴らしい世界があり、また、日本人の繊細な感性に共通するものを多く含みます。また、多様な世界が拡がっているため、様々な演奏があります。また、ショパンの作品のようにある程度年数が経っているものは、様々な考察がなされ、具体的な練習方法や表現方法に関する書物も多数ありますが、ドビュッシーの作品についてはまだまだ少ないのが現状です。そうしたことも含め、演奏と自分の考えた様々な作品へのアプローチの仕方も含めて連載したいと思っております。


金子 一朗(かねこいちろう)

1962年東京都に生まれる。早稲田大学理工学部数学科卒。本職は中・高等学校の数学科教諭。ピティナピアノコンペティション全国決勝大会で、ソロ部門特級は2003?4年ともに入選、コンチェルト部門上級で2004年に奨励賞、グランミューズ部門A1カテゴリーで2004年に第1位受賞。2005年における同コンペティション ソロ部門特級でグランプリ(金賞)および聴衆賞、ミキモト賞、王子賞、日フィル賞、文部科学大臣賞、読売新聞社賞、審査員基金海外派遣費用補助を受賞。 第1回ザイラー国際コンクール・イン・ジャパン・フリー部門第2位。第1回北本ピアノコンクールH部門第1位、合わせて全部門での最優秀賞を受賞。2004年10月にリスト国際コンクールマスタークラスにてレスリー・ハワード氏の公開レッスンを受講、オランダ大使館にてリスト国際コンクール主催の演奏会に出演。2005年1月、円光寺雅彦指揮東京フィルハーモニー交響楽団と共演。2005年5月、テレビ朝日「題名のない音楽会21」に出演し、現田茂夫指揮東京交響楽団と共演。 これまでにピアノを角聖子、神野明、北川暁子、K.H.ケンマーリンク、森知英、田部京子の各氏に師事。また音楽理論を中村初穂氏に師事。
著書に『挑戦するピアニスト 独学の流儀』(春秋社刊 2009)

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