37.「30番」再考 ~ 第5番 カドリーユ、またはコントルダンス
19世紀、ダンスとピアノは切っても切れない結びつきがありました。裕福な貴族や市民がサロンで社交的なイベントとして踊ったり、それほど財産のない民衆が酒場で踊ったりする際に、ピアノさえあれば豊かな響きで伴奏ができたからです。今回扱うチェルニー「30番」のリズムは、踊り、とくにカドリーユという19世紀前半に大流行した踊りのリズムの特徴を持っています。
ピアノのための音楽でダンス音楽が重要な地位を占め始めたのは、19世紀前半のことでした。音楽学者アンドレア・ファビアーノの研究1によれば、18世紀後半のフランスで出版された439作品のピアノ曲の約半数(51%)はソナタで、19%が歌に基づく変奏曲(エール・ヴァリエ)、8%(71作品)がオペラ序曲の編曲、そして舞曲は一番少なく25曲しか含まれていませんでした。ずっと時代を下って1840年になると、フランスでこの年に出版され、法定納本(法律で国立図書館に出版物を納入するという法律に従って行われる納本)の手続きを経た289作品のうち、35%に当たる102作品がダンスに関係のある曲でした。ピアノは、ダンスの伴奏楽器として市民の間に瞬く間に広がっていったのです。
フランス革命末期の総裁政府時代に登場した舞曲カドリーユは、19世紀中葉にワルツに取って代わられるまで重要なダンスの種目でした。当時このダンスはバレエから借用したステップで人々が踊る社交ダンスの一種で、そのルーツであるコントルダンスと同義語でした。このカドリーユは一般的には4組のカップルが四角形を作りながら踊られるか、二組の場合はカップルが向かい会う配置で踊られます。曲は、当時の人々が知っている人気のオペラからモチーフが取られることもしばしばです。
下の図は、1852年に政権を掌握し皇帝を宣言したナポレオン三世の宮廷でカドリーユを踊っている図です。
図1 『チュイルリー宮殿、元帥の間での帝室カドリーユ』 中央がナポレオン三世
(引用元:Bibliothèque Nationale de France, http://gallica.bnf.fr/)
カドリーユは一般にテンポの異なる5つの部分からなり、それぞれの部分は「フィギュール」と呼ばれ、独特な名前で呼ばれます。カッコ内は、それぞれの言葉の文字通りの意味を示しています。
1. パンタロン(ズボン)
2. エテ(夏)
3. プーレ(雌鳥)
4. パストゥレル(牧歌風)またはトレニ
5. フィナーレ(終曲)
いずれのフィギュールも、比較的早いテンポで、ごく単純な和声の上でメロディが規則的に変奏されます。
ここでチェルニーの第5番の冒頭を見てみましょう。この曲は左手が三連符による分散和音の反復的な伴奏、右手が鋭い付点のリズムです。楽想は「生き生きとおどけてVivace giocoso」とあります。
この右手の付点のリズムはカドリーユに頻繁に登場するものです。下の譜例は、パリ音楽院教授ヅィメルマン(1785~1853)がソナタやコンチェルトなどシリアスな作品の傍らで出版したカドリーユ集から、「エテ」のフィギュールです。
最初の8小節はV度とI度の二種類の和音しか使われず、ごく簡単な和声の上に、付点16分音符と32分音符の反復するリズムのメロディが置かれています。
同様の例は、ヅィメルマンが出版した別のコントルダンス集にも見られます。このコントルダンス集は、ヅィメルマンの先生だったボイエルデュの舞台作品の主題に基づくものです。次の例は、「パストゥレル」のフィギュールの第3番目のフィギュールです。
ヅィメルマン《ピアノのためのコントルダンス 第2集》より
ここでもヘ長調の主和音が繰り返される上で、軽快なスキップのリズムが奏でられます。
今日、都市の社交界では特別な機会にしか踊られなくなったダンス、カドリーユ。ピアノを踊りから自立したものとして捉えがちなピアノ音楽のかなりの部分は、踊りのリズムと関係があります。ピアノを学ぶのと同時に、こうした西洋の伝統的なダンスを学ぶ機会が日本でも広まるときっと実感に支えられた演奏の学びが深まっていくのではないでしょうか。
- Andrea FABIANO, Il fortepiano, Firenzem Passiglim 1990. ここでは下記文献で引用されているFabianoの成果を参照した。Danièle PISTONE, << Les danses pour piano au siècle romantique : Quelques aspects de l'évolution parisienne >>, dans Piano et musique de danse dans la France du XIXe siècle, Paris, Université Paris-Sorbonne, Observatoire Musical Français, 2010.
金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。