26.チェルニー練習曲, タイプ③~《6つの練習曲》 作品754(前半)
先週は、パリで出版されたチェルニーの練習曲の3タイプのうち、タイプ③の実例として《24の性格的大練習曲》作品692, 第2巻の後半を見ました。
今回は、もう一つ、タイプ③の主だった例として《6つの練習曲, またはサロンの楽しみ》 作品754の様々なキャラクターを持つ練習曲にも目をむけて見ましょう。
この練習曲集は、《24の性格大練習曲》作品692がパリで出版された3年後に発表されました。タイトルをご覧頂ければわかるように、サロン向けに書かれているので《12の性格大練習曲》よりもはるかに親密な雰囲気をもち、決して簡単というわけではありませんが、演奏技術的には比較的穏健に書かれています。この練習曲集もまた、各曲にタイトルがついています。
《12の性格大練習曲》との違いは、各曲が音楽のジャンルないし様式の名前になっている点です。以下にそれぞれのタイトルを挙げます。
1 | 華麗な練習曲 | 4 | スコットランド風即興曲 |
2 | トッカータ | 5 | ロマンス |
3 | タランテッラ | 6 | 情熱的即興曲 |
では、まず第1番「華麗な練習曲」(ホ長調)の音源を聴いてみましょう。
第1番は「練習曲」に「華麗なbrillante」という形容詞がついただけのタイトルですが、その内実はタイプ①や②と決定的に異なります。テンポは中庸な速さの「モデラート」、そして右手の最上声部には歌うようなレガートの旋律が置かれています。
2小節目には「きわめてよく歌うようにmolto cantabile」という指示も見えます。テクニック上の難しさについていえば、この練習曲は右手で旋律と伴奏の分散和音の一部、左手で分散和音の一部とバスを演奏するという声部の巧みな弾き分けに技巧練習としての「エチュード」の機能が認められます。伴奏パートは旋律の背景をなし、旋律は歌うようなニュアンスをつけながら表情豊かに、そしてバスはオクターヴでしっかりと上の3パートを支えます。このようなジャンルのピアノ曲は、「無言歌(Romance sans paroles)」や単に「ロマンス」などと呼ばれた種類の小品と同様の特徴を備えています。
それでは、次回は第5番〈ロマンス〉、第6番〈情熱的な即興曲〉の2曲の特徴を音源とともに見てみましょう。
金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。