「チェルニー30番」再考

25. チェルニー練習曲, タイプ③~《24の性格的大練習曲》作品692, 第2巻 (後半)

2014/10/15
第二部「30番」再考
25. チェルニー練習曲, タイプ③~《24の性格的大練習曲》作品692, 第2巻 (後半)
タイプ③
メカニックな訓練に劣らず、全体として表現様式に比重を置くもの

先週は、パリで出版されたチェルニーの練習曲の3タイプのうち、タイプ③の実例として《24の性格的大練習曲》作品692, 第2巻の前半を見ました。今回は、第2巻の後半を見てみましょう。
第2巻の後半は、「人生の縮図」とも言うべき前半ほどまとまったコンセプトに基づいてはいませんが、さらにロマン主義の色合いを強めた内容となっています。例えば〈バラード〉と題された第7番。もともと詩の一ジャンルであるバラードは、ショパンが1836年に出版して以来、ピアノ音楽の一つのジャンルとして定着しつつありました。チェルニーの〈バラード〉では、この練習曲集の他の曲とは違って、2/4拍子、変ト長調による歌唱的な比較的ゆったりとした主題部(「アンダンテ、音をよく保って」、譜例14)と、4/4表紙、嬰ヘ短調によるいっそう急速でドラマチックな中間部(「アレグロ、動揺して」、譜例15)が、二つの異なる性格が鋭く対比され、物語の急展開が告げられます。
次の譜例1は〈バラード〉の冒頭ですが、暗示的なトレモロに続く主題は、カンタービレの旋律を伴奏のトレモロを巧みに弾き分けることが技術的なポイントとなっています。

次の譜例2では、書法がすっかり変わり、右手のオクターヴの旋律と、左手の幅の広いアルペッジョがテクニック上の課題になります。

一方、第8番〈大洋の波〉はより具体的で描写的です。2分音符=88という急速なテンポで演奏されるアルペッジョで波の起伏が模倣されます(譜例3)。その音域は、主題が始まる第5小節からはオクターヴに及びます。

このppのうねりはやがて激しさを増し、主題が回帰するときにはffで「華麗に、更に速く」という指示が付き、左手の三和音は四和音に増強されます。

この第8番〈大洋の波〉には、〈勇壮〉、〈嬉しき再会〉、〈冗談〉、そして最期の〈根気〉がきます。最後にオクターヴや三度など多種多様な技巧を総合的に織り交ぜた変ロ短調の練習曲を置き、これを〈根気〉と名付けるところは如何にもチェルニーらしくはないでしょうか。
ここまでかいつまんで見てきたように、チェルニー《24の性格的大練習曲》作品692は、私たちが普段親しんでいるチェルニーのイメージとはかけ離れた壮大で進取の気性に富んだ音楽家としてのチェルニーの姿を見せてくれます。この作品は、1830年代後期から40年代前期パリで出版された練習曲のうち、最も傑出した「性格的練習曲」のページに数えられます。「練習曲の長」チェルニーは、弟子たちや若い世代による練習曲の急速な進化を目の当たりにしながらも、尻込みすることなく、「練習曲界の長」としての威厳を示したのです。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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