「チェルニー30番」再考

第一部 ジャンルとしての練習曲 1. 「チェルニー30番」の原題:《30のメカニズム練習曲》

2014/04/21
第一部 ジャンルとしての練習曲~その成立と発展(1820年代~30年代)
1. 「チェルニー30番」の原題:《30のメカニズム練習曲》

2011年に音楽之友社から出版された「チェルニー30番」は、おそらく日本で広く普及している最新の「30番」でありましょう。このエディションは、各曲に充実の分析、助言が施された大変実用的で学ぶところの多い楽譜です。この解説の一部で、作曲家の末吉保雄先生がチェルニーと「30番」について簡潔な概要説明を書かれています。ここで、「30番」の原題に関するパラグラフを引用します。

「チェルニー30番」の原題は「30 Études de Mécanisme Op.849」(30のメカニズムのエチュード)です。メカニズムとは, 音楽と演奏を成り立たせているしくみのことでしょう。機械的な技巧の訓練ばかりでなく、音楽的で幅広い発展を目指して作曲された小曲集です。

ご存知でしたか?「30番」の原題。実は、19世紀、特に1830年代以降、練習曲は単に「エチュードétudes」という味気ない名前で呼ばれることが次第に少なくなり、それぞれの練習曲集の特性を端的に表現する修飾語句とともに用いられるようになりました。いくつかの例を挙げましょう。

作曲家 タイトル 出版年
I. モシェレス(1794-1870) 新しい性格的大練習曲(様式と華麗さを発展させるための)作品95 1837
F. カルクブレンナー(1785-1849) 様式と向上の25の練習曲 作品143 1839
F. ル・クーペ(1811-1887) 12の表現の練習曲 1844
E. プリューダン(1817-1863) 12のジャンル練習曲 作品16 1844
S.ヘラー(1813-1888) リズムと表現の感覚を伴う25の練習曲 作品47 1849

いかがでしょう。「様式」「華麗さ」「表現」「ジャンル」「リズム」など、実に様々なタイトルがついていますね。これは、明らかに、純粋なテクニック訓練という枠を超えたところに練習曲を位置づけたいという、19世紀の音楽家たちの意志の現れといえます。ちなみにショパンのように作品と言葉を結びつけることを避けていた作曲家は、たとえ様式や表現のうえで充実した練習曲を書いても、単に曲集タイトルを「練習曲」と名付けることがありました。


上田 泰史(うえだ やすし)

金沢市出身。東京藝術大学音楽学部楽理科卒業、同大学修士課程を経て、2016年に博士論文「パリ国立音楽院ピアノ科における教育――制度、レパートリー、美学(1841~1889)」(東京藝術大学)で博士号(音楽学)を最高成績(秀)で取得。在学中に安宅賞、アカンサス賞受賞、平山郁夫文化芸術賞を受賞。2010年から2012まで日本学術振興会特別研究員(DC2)を務める。2010年に渡仏、2013年パリ第4大学音楽学修士号(Master2)取得、2016年、博士論文Pierre Joseph Guillaume Zimmerman (1785-1853) : l’homme, le pédagogue, le musicienでパリ=ソルボンヌ大学の博士課程(音楽学・音楽学)を最短の2年かつ審査員満場一致の最高成績(mention très honorable avec félicitations du jury)で修了。19世紀のフランス・ピアノ音楽ならびにピアノ教育史に関する研究が高く評価され、国内外で論文が出版されている。2015年、日本学術振興会より育志賞を受ける。これまでにカワイ出版より校訂楽譜『アルカン・ピアノ曲集』(2巻, 2013年)、『ル・クーペ ピアノ曲集』(2016年)などを出版。日仏両国で19世紀の作曲家を紹介する演奏会企画を行う他、ピティナ・ウェブサイト上で連載、『ピアノ曲事典』の副編集長として執筆・編集に携わっている。一般社団法人全日本ピアノ指導者協会研究会員、日本音楽学会、地中海学会会員。

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