名曲喫茶モンポウ

第16回 ジョン・フィールドのノクターン

2010/08/31
第16回ジョン・フィールドのノクターン
 いらっしゃいませ。カフェ・モンポウにようこそ。
 今日は、アイルランドの作曲家、ジョン・フィールド(1782-1837)が作曲したノクターンを聴いてみましょう。

 ジョン・フィールド(1782-1837)は、「ノクターン」というピアノ独奏曲のジャンルを新しく始めた人です。ショパンの先駆者としてCDの解説書などによく登場するので、名前そのものはご存じの方も多いでしょう。
 フィールドのノクターンを聴いてみてください。ショパンを知っている私たちの耳には随分と単純に聴こえるかもしれませんが、美しく溶け合ったアルペジオに乗せて伸びやかに歌われるピアノの響きは、それまでに無い斬新なものでした。フィールドが活躍したのは、ショパン(1810-49)より一時代前の、ベートーヴェン(1770-1827)の時代で、ピアノという楽器が目覚ましく発展した時代でもありました。ベートーヴェンは、ピアノの表現力が向上すると、「ワルトシュタイン」「熱情」などのソナタでよりダイナミックな演奏効果を志向していきましたが、それとは対照的に、フィールドは、音を長く持続できるようになったペダルを駆使して、繊細でとろけるような響きを生みだしていったのです。こうして、フィールドによって、アルペジオの伴奏に乗せて、オペラのカンティレーナのような旋律を歌う「ノクターン」という新しいピアノ曲のジャンルが誕生しました。
 以前のピアノ曲の伴奏部分は、アルペジオ(分散和音)と言っても、手の広がる狭い音域の範囲内で響きをつくるアルベルティ・バスのパターンが主流でした。

譜例1

 フィールドがノクターンで用いたアルペジオも、このアルベルティ・バスを発展させた形ではありますが、ペダルの進化によって、遥かに広い音域にまたがる伴奏パターンが可能になったのです。また、そこに乗せて歌う旋律は、当時流行っていたイタリアオペラのベルカント唱法を鍵盤上で模倣したもので、聴衆の心にストレートに響きました。

譜例2

 こうして、フィールドのノクターンは大変な人気を博し、のちのショパンにも大きな影響を与えることになります。リストは、フィールドの創始したノクターンについて、「その後、無言歌、即興曲、バラードなど、さまざまな表題の下に現れたすべての作品のために道を開いたものであり、主観的で深遠な感情の表現を意図して書かれた作品は、その源泉を彼のもとまでたどることができるだろう」とまで述べていますが、ロマン派ピアノ音楽の先駆けとして、フィールドが果たした役割はたいへん大きいものでした。
 フィールドは、アイルランドのダブリンに生まれ、ロンドンで「ソナチネアルバム」で有名なクレメンティに師事しました。ピアノ店を経営していたクレメンティは、指導の返礼として、弟子のフィールドに、店のピアノのデモンストレーション演奏をさせました。さらに、クレメンティは、店のピアノの販路拡張を目的とした演奏旅行に彼を同行させ、各地で演奏させましたが、その繊細なピアノ演奏はたいへんな人気を博し、結果的に彼の名声を高めることになったのは幸運なことでした。彼の作品を勝手に匿名で発表したりするなどの横暴な振る舞いもあったようで、1803年、フィールドは演奏旅行先のサンクト・ペテルブルクに1人残り、師の監督下から解放されて当地を拠点に音楽活動をしていくことになります。その後、繊細なピアニストとして聴衆を魅了し、教師としてもグリンカを育てるなどしましたが、極寒の地ゆえでしょうか、酒に溺れて身体を壊し、数度の手術を経て55歳の若さで亡くなりました。
 フィールドは、19世紀はじめから60~70年間は、ヨーロッパで最も人気のある作曲家の1人だったと言います。ショパンも、繊細で新しいピアノ技法を編み出した先輩音楽家フィールドに大きな敬意をいだいていたようで、「フィールドと並び賞されるなんて、僕は嬉しくて走り回りたい気分です」などと言っています。そんなフィールドによるノクターンは、音楽的には物足りなさを否めないものの、新型のピアノから、今までにまったく無い新しい響きを紡ぎ出した、その功績の大きさははかり知れません。彼の美しいノクターン2曲を、のちのショパンの傑作の譜面と見比べながら、お楽しみください。


フィールド:ノクターン第5番 ショパン:ノクターン第16番

フィールド:ノクターン第12番 ショパン:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
参考文献  『ニューグローヴ世界音楽大事典』 講談社
演奏・ご案内 ―― カフェ・マスター:内藤 晃
当カフェのマスター、内藤 晃が、11月20日(土)19:00より、横浜みなとみらいホール(小)にて、「ショパンの夕べ」と題したオール・ショパン・プログラムの演奏会をおこないます(24のプレリュード全曲ほか、使用ピアノ:NEW YORK STEINWAY(1912年製))。ご来聴賜れば幸いです。
当カフェのマスター、内藤 晃が、10月24日(日)14:00より、国立オリンピック記念青少年センター小ホールにて開催されます「I LOVE CHOPINコンサート」に出演いたします(ショパン:ノクターン第8番、舟歌ほか、使用ピアノ:PLEYEL)。「月刊ショパン」愛読者ご招待もございます(詳しくはこちらをご覧ください)。
当カフェのマスター、内藤 晃が、8月に、滋賀県のホールで3日間の音楽ワークショップを行ないました。参加者による報告記がこちらにございますので、よろしかったらご覧ください。
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内藤 晃(ないとうあきら)

 栄光学園高校、東京外国語大学卒業。桐朋学園大学指揮教室、ヤルヴィ・アカデミー(エストニア)にて指揮の研鑽を積む。チャリティー、施設慰問等の演奏活動に長年意欲的に取り組み、2006年度、(財)ソロプチミスト日本財団より社会ボランティア賞受賞。外語大在学中、CD「Primavera」(2008年3月)でピアニストとしてデビュー、「レコード芸術」5月号誌上にて特選盤に選出され、「作品の内面と一体化した純粋な表現は聴き手を惹きつけてやまない」(那須田務氏)などと高く評価される。

 現在、ピアノ、指揮、作曲、執筆の各方面で活躍。ピアニストとして、ソロ、アンサンブルの両面で幅広く活動するほか、監訳書にチャールズ・ローゼン著「ベートーヴェンを"読む"―32のピアノソナタ」(道出版)、校訂楽譜に「ヤナーチェク:ピアノ作品集1・2」「シューベルト=リスト:12の歌、水車屋の歌」(ヤマハミュージックメディア)がある。谷口未央監督による映画「仇討ち」(田原拓主演・ソーシャルシネマフェスティバル2012優秀賞受賞作品)、「矢田川のバッハ」(冨樫真主演・ショートストーリーなごや2012入賞作品)の作曲、音楽監督を務める。2013年、楽譜CDセット「マリンバ・フェイバリッツ」(野口道子編著・共同音楽出版社)のピアノ演奏を務め、伴奏譜の編曲にも参画する。横浜市栄区民文化センターリリス・レジデンス・アーティスト。(社)全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員。

 これまでにピアノを城田英子、広瀬宣行、川上昌裕、加藤一郎、デイヴィッド・コレヴァー、ヴィクトル・トイフルマイヤーの各氏に、指揮を紙谷一衛、レオニード・グリンの両氏に、音楽理論を秋山徹也氏に、古楽を渡邊順生氏に、ジャズコンポジションを熱田公紀氏に師事。

ホームページ http://www.akira-naito.com/

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