名曲喫茶モンポウ

第14回 グラナドスを味わう

2009/10/02
第14回グラナドスを味わう
 いらっしゃいませ。カフェ・モンポウにようこそ。
 今日は、グラナドス(1867-1916,スペイン)のロマンティックで即興的な魅力あふれるピアノ曲をご紹介します。
グラナドス
グラナドス
(1867-1916,スペイン)

 先日、ピアニストのアリシア・デ・ラローチャさんが86歳で亡くなりました。私も心から尊敬している音楽家で、実演で聴いた、芳醇なコクを湛えたショパンの味わいは格別でした。スペインの作品の紹介にも熱心に取り組まれ、特にアルベニス、グラナドスをはじめとするスペインのピアノ曲の傑作は、ラローチャさんの生命力あふれるピアノによって、初めて息を吹き返し、その底知れぬ魅力が明らかになったと言っても過言ではありません。今日は、ラローチャさん哀悼の意もこめて、微力ながら、グラナドスの音楽の魅力をご紹介させていただきます。

 さて、スペインの作曲家の音楽には、フラメンコなどの民族舞踊のリズムや、民謡特有の旋法、粋な装飾が随所にあらわれ、エキゾチックな香りを漂わせていますが、音楽固有の性格、色合いは各々異なります。中でもロマンティックで親しみやすいメロディーをもつグラナドスの音楽は、歌ごころにあふれていて、聴く人を虜にするキャッチーな魅力が備わっています。カザルスはグラナドスを「私たちのシューベルト」と評したそうです。

 グラナドスは、スペインのカタロニア地方出身で、「スペインのショパン」などと呼ばれピアノの名手として名を馳せました。オーケストラの指揮も手がけ、カザルスと共演したりもしたそうです。コンポーザー=ピアニストとして自作曲を演奏し、次第にその作品も人気を博していきました。

 グラナドスは即興演奏の名手でした。新作ピアノ曲の自演リサイタルでも、すぐに譜面から逸脱して即興の翼をはばたかせ、譜めくり役の弟子を当惑させたと言います。通りで出会ったきれいな女性の印象を即興で奏でたというエピソードも残っているほどです。幸運なことに、ピアノ・ロールによる自作自演の録音が残っていてCDで聴くことができますが、ジャズピアニストを思わせるような、即興的な閃きにあふれた演奏を展開していて、実にスリリングで新鮮です。実際、その音楽も気まぐれで即興的な趣があり、ピアニストは、瞬間をフレッシュに聴かせる即興性が求められると思います。

アンダルーサ(祈り) 【 ♪ 試聴する
(録音:ニューヨーク・スタインウェイ使用[1927年製、(株)アマダ所蔵楽器])

 「アンダルーサ(Andaluza)」は、アンダルシア風の意で、スペインの情熱の横溢する素晴らしい名曲です。ピアノでギターをかき鳴らすような効果を創出していますが、ギターにもアレンジされ良く演奏されます。

 ホ長調に転じる中間部の美しさは格別です。この曲には、「祈り(Playera)」という副題がつけられており、敬虔で心洗われるようです。



組曲「ゴイェスカス~恋するマホたち」より第4曲「嘆き、またはマハとナイチンゲール」 【 ♪ 試聴する  (録音:ベヒシュタイン使用)

 「ゴイェスカス~恋するマホたち」はグラナドスの最高傑作と言われる大作で、スペインの画家ゴヤの絵画にインスパイアされて作られたものです。グラナドスは、ゴヤの絵画にえがかれる、マドリッドの下町のマホ(粋な男)とマハ(粋な女)の恋愛の一場面と、そこに漂う甘美でほの暗い官能に強く魅せられて、実際に作品を何点も所有していたほどでした。
 第4曲「嘆き、またはマハとナイチンゲール」は、一見、風変わりなタイトルのようですが、ゴヤは、「恋文、または娘たち」「時、または老婆たち」のように、絵画の主題と対象を、"o(または)"で繋げた表題をよくつけており、それに倣ったものと思われます。組曲中最もよく演奏される美しい音楽で、窓辺で物思いに沈むマハと、夜空で歌うナイチンゲール(夜鳴きうぐいす)の情景がメランコリックに描かれます。この第4曲は彼の最愛の妻アンパロに献呈されていますので、彼自身も愛着を抱いていたに違いありません。

物憂げな冒頭部分

この印象的なメロディーは、バレンシア地方の民謡が基になっているそうです。

ナイチンゲール(夜鳴きうぐいす)の鳴き声が夜の虚空に響きわたります。

 この「ゴイェスカス」は大変な人気を博し、オペラに改作されることになります。当初はパリのオペラ座で初演予定でしたが、第一次大戦の勃発にともない、1916年、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場に場所を移して初演され、大成功を収めました。ホワイトハウスにも招かれるなど、アメリカで精力的に演奏活動を展開しましたが、スペインへの帰路で、乗船していたサセックス号が、英仏海峡でドイツ潜水艦(Uボート)に撃沈され、夫婦ともども海中で悲劇的な最期を迎えることとなります。作曲家に栄光をもたらした作品が、間接的に死をももたらすことになろうとは、何という運命の皮肉でしょうか。

 今日、多くのピアニストがグラナドスをはじめとするスペイン作品を演奏し、その魅力を享受できるのは、ラローチャさんの功績あってこそです。改めて、心からご冥福をお祈りしたいと思います。

参考文献:濱田滋郎著『スペイン音楽のたのしみ』音楽之友社、1982年
演奏・ご案内 ―― カフェ・マスター:内藤 晃
当カフェのマスター、内藤 晃が、New Album「Les Saisons」(10月20日発売、HERB Classics / HERB-013)を発売します。収録曲は、ヤナーチェク:霧の中で、チャイコフスキー:四季(全曲)、吉松隆:4つの小さな夢の歌。ご予約も承っております(こちら)。

当カフェのマスター、内藤 晃が、リサイタルを開催します。グラナドス:「ゴイェスカス」(抜粋)を含むプログラムです。CDの会場販売・サイン会も予定しております。お忙しいとは存じますが、ご来聴賜れば幸いです。
11月15日(日)14:00開演 津田ホール
ベヒシュタインピアノ使用
お問い合わせ:音楽事務所サウンドギャラリー 03-3351-4041
ネットワーク配信許諾契約
9008111004Y31015

内藤 晃(ないとうあきら)

 栄光学園高校、東京外国語大学卒業。桐朋学園大学指揮教室、ヤルヴィ・アカデミー(エストニア)にて指揮の研鑽を積む。チャリティー、施設慰問等の演奏活動に長年意欲的に取り組み、2006年度、(財)ソロプチミスト日本財団より社会ボランティア賞受賞。外語大在学中、CD「Primavera」(2008年3月)でピアニストとしてデビュー、「レコード芸術」5月号誌上にて特選盤に選出され、「作品の内面と一体化した純粋な表現は聴き手を惹きつけてやまない」(那須田務氏)などと高く評価される。

 現在、ピアノ、指揮、作曲、執筆の各方面で活躍。ピアニストとして、ソロ、アンサンブルの両面で幅広く活動するほか、監訳書にチャールズ・ローゼン著「ベートーヴェンを"読む"―32のピアノソナタ」(道出版)、校訂楽譜に「ヤナーチェク:ピアノ作品集1・2」「シューベルト=リスト:12の歌、水車屋の歌」(ヤマハミュージックメディア)がある。谷口未央監督による映画「仇討ち」(田原拓主演・ソーシャルシネマフェスティバル2012優秀賞受賞作品)、「矢田川のバッハ」(冨樫真主演・ショートストーリーなごや2012入賞作品)の作曲、音楽監督を務める。2013年、楽譜CDセット「マリンバ・フェイバリッツ」(野口道子編著・共同音楽出版社)のピアノ演奏を務め、伴奏譜の編曲にも参画する。横浜市栄区民文化センターリリス・レジデンス・アーティスト。(社)全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員。

 これまでにピアノを城田英子、広瀬宣行、川上昌裕、加藤一郎、デイヴィッド・コレヴァー、ヴィクトル・トイフルマイヤーの各氏に、指揮を紙谷一衛、レオニード・グリンの両氏に、音楽理論を秋山徹也氏に、古楽を渡邊順生氏に、ジャズコンポジションを熱田公紀氏に師事。

ホームページ http://www.akira-naito.com/

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