名曲喫茶モンポウ

第10回 グリフェスを味わう

2009/02/16
第10回ステーンハンマルを味わう
 いらっしゃいませ。カフェ・モンポウにようこそ。
 今日は、アメリカの作曲家チャールズ・グリフェス(1884-1920,アメリカ)の雰囲気豊かな音楽の世界をご紹介します。

 チャールズ・トムリンソン・グリフェス(1884-1920)は、35歳の若さで夭折したアメリカの作曲家です。「アメリカのドビュッシー」とでも言うべき存在で、精妙な響きに彩られた雰囲気豊かな作品を残しており、その早い死は「アメリカの受けた最大の音楽的損失」(ディームス・テイラー)として惜しまれました。
 グリフェスは、その短い生涯を通じて作風をドラスティックに変貌させていった作曲家でした。ベルリンに赴きフンパーディングに作曲を学んだ彼は、当初ドイツ・ロマン派の影響下の作品を書いていましたが、1911年頃から、ドビュッシーふうの印象主義的な音楽にシフトし、さらには、ムソルグスキースクリャービンらの語法や、東洋の音楽・音階までをもそこに吸収していこうとします。調性音楽の秩序が崩れ始め、新たな響きや秩序が求められていた時代にあって、グリフェスは、同時代の先輩作曲家たちの新しい語法を次々に取り入れつつも、それらをブレンドして独自の音楽世界を開拓しようと絶えず模索を続けていました。彼は、印象主義とオリエンタリズムを融合した独自の作風を確立しつつありましたが、志半ばで病に倒れてしまいます。当時大流行したスペイン風邪(インフルエンザ)でした。
 ところで、グリフェスが晩年、東洋の題材への傾倒を強めていくきっかけに、ある日本人との出会いがありました。
 1916年、ディアギレフ率いるロシア・バレエ団がアメリカを訪れ、新しいバレエに対する関心がアメリカでも高まりました。そんな中、グリフェスは、この一行の中にいたアドルフ・ボルムというダンサーと知り合います。まもなくボルムは独立してバレエ=アンティムという自身のバレエ団を立ち上げますが、その中に国際的な日本人ダンサーの伊藤道郎がいました。そして、翌年、ボルムの委嘱で、バレエ=アンティムの公演用に、日本風のパントマイム「Sho-jo(猩々)」を作曲することになります。
 作曲にあたっては、ボルムの紹介で、ソプラノ歌手エヴァ・ゴティエが日本で採譜してきた旋律集を基にしました。ここでグリフェスは、日本の絵画や版画にある無の空間のように、あいまいな背景の役割を果たす弱音器つきの弦楽器を用いることによって、東洋的な印象を生み出すことに成功しています。「Sho-jo(猩々)」の公演の成功により、グリフェスは引き続き伊藤道郎とタッグを組んで、「Sakura-sakura(さくらさくら)」の公演用編曲も担当しています。また、同じ頃、日本の詩による歌曲も作曲しており(「古代中国と日本の5編の詩」Op.10)、ダンサー伊藤道郎との出会いが、グリフェスに日本や東洋の題材への傾倒を促したに違いありません。
 グリフェスの音楽世界は、完成を見ることなく、確立の途上で散ってしまった感があります。しかし、その遺された作品からは確かなセンスの煌きが随所に感じられ、それがやがて時を経て結実し素晴らしい傑作が生まれていた可能性を思うと、その早逝が惜しまれてならないのです。

《 メモ 》

 グリフェスのピアノ曲は、きわめてオーケストラ的に書かれており、ピアニスティックな効果に乏しい点からも、初めからオーケストラの響きで着想されているのはほぼ疑いないと言えましょう。「白い孔雀」はグリフェスの代表曲で、作曲者自身により管弦楽編曲もなされていますが、管弦楽曲として全く違和感のない素晴らしい仕上がりで、ピアノ版より遥かに魅力的と言っても過言ではありません。オーケストラの音色をイメージしながら聴いていただければと思います。

夕べの湖(「3つの音画」Op.5より) 【 ♪ 試聴する

 「3つの音画」の3曲にはそれぞれ詩が引用されており、この「夕べの湖」には、アイルランドの詩人ウィリアム・イェーツ(1865-1939)の詩「イニスフリーの湖島(The Lake Isle of Innisfree)」の一節が掲げられています。

 ...for always...
 I hear lake water lapping with low sounds by the shore...
 (いつも...湖畔に打ち寄せる低い波音が聴こえるから...)

 曲全体を支配する「タ・タ・タン」のリズムは、湖の波音を象徴しているのでしょうか?


白い孔雀(「4つのローマのスケッチ」Op.7より) 【 ♪ 試聴する

 ローマの庭園で放し飼いにされている、真っ白な羽毛に覆われたシロクジャクの美しさに触れて着想された音楽。クジャクを描写しているというよりも、そのクジャクから受けた印象を漠然と音楽化しているような趣です。  ドビュッシーの影響が色濃く感じられますが、ところどころ英語的な抑揚を感じさせるあたりがユニークです。

(2009年1月16日 ユーロピアノ東京ショールームにて録音 [ベヒシュタイン使用])
参考文献  『ニューグローヴ世界音楽大事典』 講談社
岩田隆『ロマン派音楽の多彩な世界―オリエンタリズムからバレエ音楽の職人芸まで』 朱鳥社
演奏・ご案内 ―― カフェ・マスター:内藤 晃
 当カフェのマスター、内藤 晃による公開レッスン&レクチャー「ピアノでオーケストラを」が3月28日(土)14:00~、ユーロピアノ東京ショールームにて開催されます。(→ 詳細
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内藤 晃(ないとうあきら)

 栄光学園高校、東京外国語大学卒業。桐朋学園大学指揮教室、ヤルヴィ・アカデミー(エストニア)にて指揮の研鑽を積む。チャリティー、施設慰問等の演奏活動に長年意欲的に取り組み、2006年度、(財)ソロプチミスト日本財団より社会ボランティア賞受賞。外語大在学中、CD「Primavera」(2008年3月)でピアニストとしてデビュー、「レコード芸術」5月号誌上にて特選盤に選出され、「作品の内面と一体化した純粋な表現は聴き手を惹きつけてやまない」(那須田務氏)などと高く評価される。

 現在、ピアノ、指揮、作曲、執筆の各方面で活躍。ピアニストとして、ソロ、アンサンブルの両面で幅広く活動するほか、監訳書にチャールズ・ローゼン著「ベートーヴェンを"読む"―32のピアノソナタ」(道出版)、校訂楽譜に「ヤナーチェク:ピアノ作品集1・2」「シューベルト=リスト:12の歌、水車屋の歌」(ヤマハミュージックメディア)がある。谷口未央監督による映画「仇討ち」(田原拓主演・ソーシャルシネマフェスティバル2012優秀賞受賞作品)、「矢田川のバッハ」(冨樫真主演・ショートストーリーなごや2012入賞作品)の作曲、音楽監督を務める。2013年、楽譜CDセット「マリンバ・フェイバリッツ」(野口道子編著・共同音楽出版社)のピアノ演奏を務め、伴奏譜の編曲にも参画する。横浜市栄区民文化センターリリス・レジデンス・アーティスト。(社)全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員。

 これまでにピアノを城田英子、広瀬宣行、川上昌裕、加藤一郎、デイヴィッド・コレヴァー、ヴィクトル・トイフルマイヤーの各氏に、指揮を紙谷一衛、レオニード・グリンの両氏に、音楽理論を秋山徹也氏に、古楽を渡邊順生氏に、ジャズコンポジションを熱田公紀氏に師事。

ホームページ http://www.akira-naito.com/

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