名曲喫茶モンポウ

第05回 アイアランドを味わう

2008/09/16
第5回第5回 アイアランドを味わう
 いらっしゃいませ。カフェ・モンポウにようこそ。
 今日は、イギリスの作曲家、ジョン・アイアランド(1879-1962,イギリス)の都会的で洗練されたピアノ曲をご紹介します。
アイアランド
ジョン・アイアランド
(1879-1962,イギリス)

 ジョン・アイアランド(1879-1962)は、ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958)やホルスト(1874-1934)らと同時代のイギリスの作曲家で、イギリスの作曲家では珍しく、多くのピアノ曲を残した人です。幼い頃に文学者であった両親を相次いで亡くしたことを除いては、おおむね平穏な生涯を送ったようで、母校の王立音楽大学で後進の指導にあたるかたわらで、じっくりと作品を仕上げていきました。弟子にはブリテン、モーランなどがいます。
 アイアランドは、少年時代の不幸な境遇ゆえか、内気で社交的な集まりが大の苦手だったそうで、それは彼の音楽の内省的な響きにも表れていると言えるでしょう。女性との付き合いも下手だったようで、1927年には、歳の離れた自分の生徒と結婚したのも束の間、すぐに離婚しています。交響曲などの大作からは目をそむけ、ひたすらピアノや室内楽による小規模の傑作を生み出していった彼は、管弦楽よりも室内楽のほうが「内なる考えのために適した方法」だと感じていたそうです。そんな彼の音楽は、派手さとは無縁で、夜ひとり静かに目を閉じて聴き入りたいような、そんな瞑想的な美しさも持っています。
 アイアランドの作品には、土地からインスピレーションを得たものが数多くあります。特に、チャンネル諸島の景観には強く魅せられ、「忘れられた儀式」「魔法の島」「サルニア」などの曲の舞台となりました。晩年は、やはり彼が強く魅せられた地、サセックスの丘陵草原地帯に隠居してゆったりと余生を過ごしました。このような土地や景観に対する鋭い感覚は、彼のユニークな個性として特筆されましょう。
 学生時代に師スタンフォードからドイツ仕込みのガチガチの作曲様式を叩き込まれた影響もあってか、アイアランドの音楽は、あくまで旧来の明快なロマン派のスタイルがベースになっていて、そこに近代的な和声の色彩感がプラスされ、独自の魅力を形づくっています。親しみやすさと斬新さが程よくブレンドされたその音楽は、当時の人々に広く親しまれました。アイアランドは、ヴォーン・ウィリアムズやホルストらとともにイギリス印象主義の作曲家に数えられていますが、その作風は、様々な要素の混在したオリジナルなもので、都会的なセンスに彩られた上品さ、洗練と、懐かしい情緒が魅力です。アイアランドの素敵な音楽を、どうぞお楽しみください。

《 メモ 》

「白昼夢」 「引き船路」は、書かれた時期はやや隔たっていますが、ともに、アイアランドの魅力をよく伝えている美しい小品です。どちらも、洒落ていて、すこぶる上質なBGMといった風情を漂わせていますが、じっくり聴いてみると、その洗練された瀟洒な響きの醸し出す独特の味わいに魅せられてしまいます。アイアランドの不思議な魅力です。

白昼夢 【 ♪ 試聴する

 「白昼夢」(1895年)は、アイアランドが王立音楽大学在籍中に書いた初期の習作のひとつですが、実に美しく親しみやすい小品になっています。ここでは、シューマンや、同時代のドビュッシーの影響が色濃く感じられます。折しも、ベルガマスク組曲アラベスクなどのドビュッシーの初期作品が書かれたのは、1890年前後。ムードあふれる傑作です。

引き船路 【 ♪ 試聴する

 「引き船路」(1918年)もファンタジックな美しい小品です。引き船路とは、河川や運河に沿って走る路で、人や動物が船を牽引する際に使われました。ゆったりとした6/8のリズムと音型が川の流れを想起させ、とらえどころのない旋法的なメロディは延々と続く路を暗示しているかのようです。この音楽はハ長調で書かれていますが、モーダルな和声で調性はぼかされ、ふんわりと漂っているような雰囲気が醸し出されています。
 途中で、突如D-durで現れる印象的な旋律は、調性感が明瞭で際立ち、視界が一瞬パッと開けるかのような鮮烈な効果をもっています。

 演奏は、比較的取り組みやすいと思いますので、もし気に入ってくださいましたら、是非、実際にお弾きになって、アイアランドの洒落た音の世界に浸ってみてください。

(2008年9月12日  ユーロピアノ東京ショールームにて録音 [ベヒシュタイン使用] )
参考文献  『ニューグローヴ世界音楽大事典』 講談社
マイケル・トレンド著、木邨和彦訳『イギリス音楽の復興I』旺文社

演奏・ご案内 ―― カフェ・マスター:内藤 晃
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内藤 晃(ないとうあきら)

 栄光学園高校、東京外国語大学卒業。桐朋学園大学指揮教室、ヤルヴィ・アカデミー(エストニア)にて指揮の研鑽を積む。チャリティー、施設慰問等の演奏活動に長年意欲的に取り組み、2006年度、(財)ソロプチミスト日本財団より社会ボランティア賞受賞。外語大在学中、CD「Primavera」(2008年3月)でピアニストとしてデビュー、「レコード芸術」5月号誌上にて特選盤に選出され、「作品の内面と一体化した純粋な表現は聴き手を惹きつけてやまない」(那須田務氏)などと高く評価される。

 現在、ピアノ、指揮、作曲、執筆の各方面で活躍。ピアニストとして、ソロ、アンサンブルの両面で幅広く活動するほか、監訳書にチャールズ・ローゼン著「ベートーヴェンを"読む"―32のピアノソナタ」(道出版)、校訂楽譜に「ヤナーチェク:ピアノ作品集1・2」「シューベルト=リスト:12の歌、水車屋の歌」(ヤマハミュージックメディア)がある。谷口未央監督による映画「仇討ち」(田原拓主演・ソーシャルシネマフェスティバル2012優秀賞受賞作品)、「矢田川のバッハ」(冨樫真主演・ショートストーリーなごや2012入賞作品)の作曲、音楽監督を務める。2013年、楽譜CDセット「マリンバ・フェイバリッツ」(野口道子編著・共同音楽出版社)のピアノ演奏を務め、伴奏譜の編曲にも参画する。横浜市栄区民文化センターリリス・レジデンス・アーティスト。(社)全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)正会員。

 これまでにピアノを城田英子、広瀬宣行、川上昌裕、加藤一郎、デイヴィッド・コレヴァー、ヴィクトル・トイフルマイヤーの各氏に、指揮を紙谷一衛、レオニード・グリンの両氏に、音楽理論を秋山徹也氏に、古楽を渡邊順生氏に、ジャズコンポジションを熱田公紀氏に師事。

ホームページ http://www.akira-naito.com/

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