第25回「追跡」
『エスキス』の調性巡りの旅も、今回の第25曲から2周目に突入する。この曲集に収められた曲は、出版される少なくとも15年ほど前から書き溜められたものなのだが、アルカンがどの時点でこの調性巡りの構成を決めたのかはわからない。
15年ほど前には既に書き始めていた証拠というのは、第29曲「熱狂」の手稿。1847年10月9日、と日付が書かれているのだけれど、『エスキス』の出版は1861年のことです。
ちなみにこの手稿、『エスキス』に収められたものとは調性が異なっている。手稿ではニ長調なのですが、曲集に入れるにあたってホ長調に書き直されている。はじめから「第何曲、何調」というのを定めて書いていたわけではない証拠です。ただ、これは逆にある程度早い時期から構想が決まっていた証拠でもあるのではないかと私は思います。
書いた曲の調性を変えるというのはなかなかに大変なこと。作曲家にとってそれぞれの調性は特定の色合いを持っていて、どうしても交換不可能な調というのもあるものです。それに、アルカンのような「コンポーザー・ピアニスト」は演奏の際の指の動きから発想することも多いので、調をずらすと演奏しづらくなったり、不合理な音の並びになったりする。だから、第29曲は例外的に調性が変えられたものと考えて間違いありません。
つまり、最初からではないにしろ、アルカンはたぶん調性を2周させた表を作って、そこにタイトルを書き込んだりして整理しながら曲を増やしていったのでしょう。
「ニ長調の曲を思いついたけど......む、表を見るとニ長調はふたつとも埋まってるな。しかしよく考えるとこの『熱狂』って曲はむしろもうちょっと元気な調に移しても良さそうだぞ」
とかなんとか、そんな風に進んでいったのかも、などと想像するのはちょっと楽しい。
ところで、『エスキス』を曲集としてまとめるアイディアは調性の並び方だけではない。曲の持つ雰囲気そのものをうまく利用している。特にはっきりとそれが感じられるのは、各巻の初めと終わりの曲です。
第1巻は「幻影」で静かに始まり、「小舟歌」で静かに終わる。第2巻はその流れを継いで、「追憶」で静かに始まるけれど、最後は「コントルダンス」でにぎやかに終わる。そして第3巻が「追跡」でにぎやかに始まるのはやはり第2巻からの流れを継いでいると考えて良いでしょう。ちなみに第3巻の最後「小トッカータ」は激しい音楽で、第4巻の最初「小さな小さなスケルツォ」も同じく激しい音楽です。そして第4巻は、第1巻の始まりに回帰するかのように静かに閉じられる。
これらの計画は独特の調性の並びとうまく相まって機能しています。奇数巻は長調で始まって短調で終わる。偶数巻は短調で始まって長調で終わる。そういう形で並べられているので、たとえばX軸に「速い/遅い」を、Y軸に「長調/短調」をとってプロットしてみれば、巻をまたいだ2曲は必ず同じ象限に位置することになる。4巻に分かれてはいるけれど、全体でひとつなんだ、というアルカンの意思をはっきりと感じ取ることができます。
ね、すごくうまくできてますでしょ?(私の手柄でも何でもありません)
さて、今回の「追跡」、タイトルは「追いかけっこ」の意味にとって問題ないだろうと思います。速いパッセージの練習曲としても捉えられるこの曲、特に3,4,5の指の独立の練習には役立つと思いますので、学習者にもオススメです。肘や手首を柔らかくすることを十分に意識して弾きましょう。ディナーミクはすべて鍵盤にかかる腕の重さを調節して出すような心持で実現できると良いですね。
ではではまた次回、「古い様式の小さな歌」です。