第02曲「スタッカーティッシモ」
エスキスは49曲からなる小曲集だ。49という数にはどんな意味があるのか? 7×7? そのくらいしか思いつかない数字ではありますが......。
このように説明すれば、もう少し正しく連想が働くかもしれない。49曲のうち、48番までは12曲ずつ4巻に分けられ、4巻の最後に、番号なしの終曲が置かれている。どうでしょう、馴染みの数字が出てきましたね。
ご想像の通り、調性に基づいた構想によって、エスキスはまとめられている。前回とりあげた第1曲はハ長調。そして、番号なしの終曲もハ長調。24の調性をふた周りして、ハ長調に帰って来て曲集が閉じられる、という形なのです。ふた周りはそれぞれ違った順序で行われ、その規則もなかなか独創的なのだけれど、細かいことは今後また少しずつ解説していくことにしましょう。
ともかく大切なのは、エスキス(素描集)という名のもとに、一見バラバラな題材による性格的小品をかき集めてきただけのように見えるこの作品が、実際には、調関係によって49もの曲が結び合わされた大作でもある、という点だ。ショパンやスクリャービンの前奏曲集の構成などは、バッハの『平均律』への敬意、などといった言葉とともによく取り沙汰される。しかし、アルカンのエスキスは、それらを上回る規模で、且つまた複雑な意図に基づいて、慎重に配列されているのです。
ただし、大きな構想の下に配列されたからといって、1曲1曲が単独での価値を減じるわけではない。何より、それぞれにつけられたタイトルが秀逸で、それらは曲の内容と相まって複雑な味わいを醸している。たとえば前回の第1曲、実に美しい曲なのだけど、「幻影」というタイトルがつくことで、えもいわれぬ寂寥感や切なさが生まれている。......と私は思う。
さて、第2曲のタイトルは「スタッカーティッシモ」。意味深だった第1曲と比べると単純明快だ。その名の通り、最初から最後まで全ての音符にスタッカートがついている。これは練習曲のようなものと捉えるのが良いだろう。
演奏技巧の面でも、自身がピアニストであったアルカンの曲には信頼が置けます。特に、クラヴサン時代の素朴ながらピリッとした指さばきにまで目が向いている点で、同時代のどのコンポーザー・ピアニストの練習曲より優れている。
同時代のコンポーザー・ピアニスト ――ショパンやリストのことだ。アルカンは彼らと同じ時期のパリに生き、友人としての付き合いもありました。本来なら、まとめて三羽烏と称されていてもおかしくないのに、いろいろと悪条件が重なって知名度はふたりに比べて遥かに下になってしまった。で、今まさに、リバイバル運動の真っ最中というわけですね。
演奏上の注意としては、とにかくスタッカートを無理せず軽く弾けるようにすること。最後のカデンツ以外ぜんぶピアノ~ピアニッシモの範囲内です! 和音のスタッカートを連続してやっていると、手首がガチガチになったりしがちですが、そこをなんとか克服しましょう。指先で鍵盤をつまむように、あるいはひっかくように意識を持っていけば、腕を無理に動かさずとも良いスタッカートが弾けるはず。指先の意識を高めるために、指使いもきちんと研究して自分なりの最適解を求めましょう。そして、スタッカートばかりだからといって長いフレーズ感をなくしてしまうのはダメ。対位法的楽曲を弾いている意識で、旋律線の流れをきちんと表現すること。
ではまた、次回「レガーティッシモ」でお目にかかりましょう。