小林愛実
福田靖子賞 (奨学金100万円) |
小林 愛実 (高1) Aimi Kobayashi
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優秀賞 (奨学金30万円) |
・尾崎 未空(高1) Misora Ozaki ・本山 麻優子(高3) Mayuko Motoyama (以上、五十音順) |
奨励賞 | 該当なし |
世界へ羽ばたく高校生以下のピアニストを対象にした福田靖子賞選考会。第5回を迎える今年は8月23日・24日の2日間にわたり、9名の最終選考進出者に対して、3名の海外招聘審査員によるレッスンが行われました(会場は上野学園大学)。審査員はアレクサンダー・ブラギンスキー、ウィリアム・グラント・ナボレ、カタジーナ・ポポヴァ・ズィドロンの各教授。一人1時間の白熱したレッスンが展開されました。ここに、1人1レッスンずつリポートをご紹介します。
(23日午前:ブラギンスキー先生、23日午後~24日午前:ポポヴァ先生、24日午前~午後:ナボレ先生)
太田沙耶さん/ブラギンスキー先生 | 尾崎未空さん/ブラギンスキー先生 | 小嶋稜さん/ブラギンスキー先生 |
久末航さん/ズィドロン先生 | 水本明莉さん/ズィドロン先生 | 本山麻優子さん/ズィドロン先生 |
小林愛実さん/ナボレ先生 | 佐藤元洋さん/ナボレ先生 | 中川真耶加さん/ナボレ先生 |
「この変奏はどんな性格だと思いますか?どのように表現したいですか?」「登場人物は何人で、どのような会話を交わしていると思いますか?」「2人は男性、女性?彼(最初のフレーズ)は状況に満足している?もう一人(次に続くフレーズ)はどのように反応していると思いますか?」たたみかけるように問いかけるブラギンスキー先生。この曲は各変奏の性格をいかに理解して、起伏に富んだ表現をするかが鍵となる。「登場人物が2人だと思うのであれば、はっきりとそう聞こえるように演奏しましょう」。太田さんの音により生命力が宿ってきた。
また一般論として、メッセージ性を明確に打ち出すことの大切さに言及された。「若い人の演奏を聴いていますと、例えば私が窓を通して海や山を見ているとして、その窓が少し曇っていて、景色が生き生きとは見えない時があります。特にロシア音楽はパワーやエネルギーが必要。運指や奏法に間違いはなくとも、心が熱くなければなりません。生き生きと音楽を奏でることが大事ですよ。聴衆はピアニストにエネルギーをもらいに聴きに来ているのです。大ホールのステージを想像しながら、ためらうことなく、少々大胆なくらいに表現して下さいね」と、若い音楽家全体に向けてのメッセージで締めくくった。
堂々とラフマニノフのプレリュードを弾いた尾崎さん。「Op.23-6は一つの大きなラインが出来ていて、左手も演奏の質が良かったですね。でもメロディが何か物語を語り始める時、音量は大きくなりましたが音色が変化しませんでした。'いい演奏'から、'人の心をつかむ素晴らしい演奏'にしたいですね」と、音の質感と色彩を変化させること、そのためにペダルをどう踏み分けて表現を深めるか等をアドバイス。
そして、Op.23-2では曲のキャラクターの見極めに言及された。ブラギンスキー先生は生徒とよくゲームをするそうだ。それは曲の性格を一言で表すこと。一言というのは意外と難しいが、表現したいことを絞り込み、研ぎ澄ますトレーニングになる。
「Victory(勝利)」と答える尾崎さんに、「いいですね!じゃあもう一つ答えて下さい。」「大勢の人が集まって合唱している様子」「それはキャラクターではありませんね。例えば'力強い''英雄的'はどうでしょうか?では身体全体でその言葉を表して下さい」という指示に、腕をぱっと大きく広げる尾崎さん。「いいと思いますよ!音楽は全てある方向を持つべき。私ならば片手を上に突き出して方向性を示します」。
さらにカデンツの和音について上から素早く打鍵し勢いよく音を放つ奏法や、逆にp(ピアノ)はフレンチホルンのように柔らかい音で表現するなど、音質の変化について説明され、尾崎さんの演奏はダイナミックに変化していった。
「この曲が生まれた時、世界で何が起こっていたかをご存じですか?」
ブラギンスキー先生はまず曲が生まれた背景や歴史を踏まえながら、曲の本質を見極めていくことを指導された。音は偶然の産物ではなく、楽曲の解釈から導き出されるもの。「この曲は心地よい音ばかりではありません。銃撃や警笛の音、手榴弾があちこちで爆発しているような表現もあります。そしてこの曲は大戦前夜に書かれたものですが、既に世界では戦争が始まっており、特に第3楽章では『なぜこんなに悲しいのだろう』と吐露しているようですね」。こうしたストーリーの解釈から、音が選ばれ、ペダルの入れ方が決定する。ブラギンスキー先生の狙いは、まず楽曲全体の本質を掴むところにある。
そして、ロシア音楽に共通して現れるある一つの音、「鐘の音」についても説明された。日本の鐘がメロディやニュアンスある響きを持つのに対して、ロシアの鐘は鐘を打つ瞬間の鋭い響きで表現される。打鍵と同時に腕を上げて音を思い切り放つことで、明確でシャープな響きが生まれる、その「ロシアの鐘」の奏法を何度も繰り返し行った。ブラギンスキー先生によれば、この曲に出てくる「鐘」は恐らく危険な状況が迫ることを知らせる警笛である。その解釈が加わるだけでも音は変わってくる。音符の背景にある時代背景や作曲家の意思を読み取る大切さに、小嶋さんも納得した表情でレッスンを終えた。
ドビュッシー:前奏曲集第2集 より 「水の精」
久末さんの演奏を聴き終わり、「ブラボー。ポロネーズは明るく輝かしい音で弾いていて良かったですよ。アンダンテ・スピアナートの方が難しかったようですね。ここは本来速いので、遅く弾いてしまうと違う曲になってしまいます。オケと合わせる前にピアノに軽く触れるといった感じで、シンプルに力を抜いて弾きましょう」とズィドロン先生。感情的にならず冷静に曲全体の性格を見極めること、曲の展開に合わせてエネルギーを出していくようにと助言した。6/8拍子から3/4拍子に変わるトリオは、マズルカのリズムで踊りの感じを出して。またポロネーズに関しては、バスが消えないようにペダルを保持することと、1拍目を少し長めにすること(ポロネーズでは時々1拍目でお辞儀する)。陽気で踊りに適したタイプのポロネーズなので、全体として拍感がなくなるとポロネーズらしい威風堂々とした気高さが失われるため、拍とテンポは正確に保ってポロネーズ的な形を崩さずに仕上げることをアドバイスされた。
またドビュッシー前奏曲集第2集「水の精」は、fがなくpやppが多用されているので(最高でもmf)その微細な違いを出すように、またショパンの輝かしい音はこの曲には不向きなので現実とは思えぬ幻想的な響きを探して下さいね、と締めくくられた。
水本さんの演奏に、隣でじっと見ながら耳を傾けるズィドロン先生。「自分の音楽をはっきり持っていて、ペダルをよく聞いている点も良いですね。時々主観が邪魔することがあるので、感情のコントロールをもっと効かせて、自分が指揮者になったように客観的に弾いてみるといいですよ」と最初に全体の感想を述べた。また「冷静に全体を見渡すこと、家を建てるように曲を発展させていくこと」に重点を置きながら、全体のフレーズやハーモニーのバランスを整えていった。例えば冒頭の右手オクターブのフレーズでは途中の音が大きくなってしまう点に関して、「2つ目の音をいきなり大きくしないように。1つのフレーズを作りたいのは分かりますが、いきなりクレシェンドしなければその先に色々な可能性がありますよ」。また同じようなモチーフが全体で10回以上繰り返されるため、多様な表現方法を探究することも課題として出された。さらにバスラインの重要性について、ズィドロン先生がバスを大きめに弾いて示したり、ハーモニーについては「ショパンは右のメロディだけでなく、左のハーモニーも色彩をなしています。」と、ショパンを弾く上で欠かせないポイントにも触れた。
ショパン:練習曲 変ト長調 Op.10-5 「黒鍵」
リストのパガニーニ大練習曲第2番について、まずズィドロン先生の解釈を展開。「まるで夫婦2人がコミカルな対話をしているような曲で、細かい右のパッセージは妻、左の和音は夫。妻の言い分に夫は落ち着いた態度で否定し、妻は苛立ってまた何かを言う。短調の部分は、そんなことは聞けないという夫に対して、妻が媚びを売る感じですね」。そのようなキャラクターが表現されているエチュードであることが説明された。オクターブのエチュードに生き生きとした表情がついてくる。「楽曲に取り組む時は、まず曲のキャラクターを理解すること。リストは聴衆に対して訴えかけるような即興性を持っていたので、遊びの要素も欲しいですね」。
細かいパッセージが続くが、インテンポで軽快に、しかし全ての音が聴こえるように。さらに同じようなパッセージが何度も繰り返されるのでその度に違う表現方法を探すように、またペダルを細かく踏み過ぎて大きな波を消さないように、ともアドバイスされた
「これは誰にでもあてはまることですが、アーティストは綺麗に正確に弾くだけでなく、高いエネルギーを持って聴衆に訴えかけることが大事です。あなたは音楽性があるので、ぜひそのエネルギーを爆発させてくださいね」と本山さんへの激励の言葉でレッスンは終了した。
熱のこもった熱情ソナタの演奏にナボレ先生は「いいでしょう、表現意欲や全体の雰囲気も良かったですよ。豊かな感情を持っているので、バランスの取れた身体使いをしましょう」と感想を述べた上で、装飾音符の入れ方からレッスンが始まった。ベートーヴェンのソナタは原典版だけでも32種類あり、オリジナルなのに全て装飾音符が違うため、できれば自筆譜を入手して比較考察してみるとよいとアドバイス。全て上の音から入れるよりは、メロディラインを保持するためその音から入れた方が良いのではないかと提案された。また拍の取り方について、「もし指揮者だったら何拍子で指揮をしますか?(8/12拍子)大きく2拍子で取ってみましょう。これは全ての楽章に当てはまります。拍感を統一することは、古典派で最も大切なことと言ってよいかもしれません」。また当時ベートーヴェンが使用していた楽器(ブロードウッド)の構造に触れながら、当時はクリアで発音の良い構造だったため、現代ピアノでは特に低音部のパッセージは指でアーティキュレーションをはっきりさせなくてはならないとも説明。他の曲にも応用できる有意義なアドバイスである。
またどの生徒さんにも共通して言及されたのは、ハーモニーの変化をよく聴きとること。右のメロディが同じでも、左のハーモニーが変化するとキャラクターが変わる。さらにペダルの入れ方(ショパンの引用「ペダルはピアノの魂」)、間の置き方などの細かいディテールを整えながら、白熱したレッスンが進められた。
まず全体を通しての力強い演奏から始まる。「この曲は3つの楽章がffで始まっています。シューベルトが楽譜にそう書いているので仕方ないのですが、ちょっと全体的に音が大きめでしたね。よく聞くと、例えばppの指示がpやmfくらいの大きさになってしまう時があります。pとppの違いも意識して考えることで、さらに表情に変化が出るでしょう。また音がモノクロにならないように色彩を作っていきましょう」―これがレッスンの課題となった。
強弱指示を慎重に見直していくとともに、音の跳躍と強弱の変化が伴う時にテンポが揺れやすいため、テンポを正確に刻むことで緊張感を保つようにというアドバイスも。さらに「シューベルトの音楽はbitter sweet、つまりほろ苦さがあり、それがノスタルジックな感覚に繋がっています。それを表現したいですね」。ちょっとしたハーモニーに含まれるわずかな表情の変化を意識しながら、各フレーズのアーティキュレーションやレガートの弾き方、効果的な指使い等を探っていった。楽譜を忠実に読み、一つ一つの指示に丁寧に従うことが、結果として表現の奥深さにつながる。佐藤さんはそれを素早く理解したようだった。
「この曲は宇宙の真理を探究しているような感じですね。自分自身の深いところに問いかけているように表現して下さい。バイロンの詩が引用されている楽譜もありますが、それを読むとより曲の雰囲気が掴めますよ」とナボレ先生が解釈のヒントを出す。このコンセプトが楽曲全体に貫かれているため、冒頭から、「拍を数えるようにではなく、朗読するように弾いて下さい」。例えば冒頭左手のメロディでは、下行音型での問いかけに対して、静けさの中で次のフレーズが答える。このように、和音の響きやハーモニーの構成に沿って一つのストーリーを展開させていく。Piu lentoはコラールのように、dolenteは痛みのある感じを演出して。全体のテーマにもなっているモチーフ(前半はUn poco piu di moto ma sempre lento)は答えが天国から降ってくるような純粋な音で、後半のLentoは新しい1日が始まるような活力ある音で。ちょっとしたヒントから、中川さんの音に表情が増してきた。